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◎トヨタの大番頭 石田退三元社長が行ったこと

 トヨタ自動車の20春闘の会社回答(3月11日)は、日本の大企業でダントツの2兆5000億円を上げる見通し(3月期決算)のトヨタが、7年ぶりのベアゼロ回答をしたということで、労働界だけでなく社会に衝撃を与えました。

 そのゼロベアを伝えたトヨタの社内報のweb版「トヨタイムズ」では、豊田章男社長が「回答に込めた想い」を語っています。

 このなかで豊田社長は、トヨタの「労使宣言」(社長と労組委員長が締結)に触れ、労使協調路線である労使の「共通の基盤」を作り上げるために、「1950年の労働争議から1962年の労使宣言の締結まで、12年という年月を要したのではないか」と語っています。

 その上で豊田社長は、「トヨタらしさ」とは何かについてのべ、トヨタの大番頭といわれ、社長に就任した石田退三元社長らが作成したトヨタらしさを表す「円錐形」の図について詳細に説明しています。

労使宣言 3つの誓い トヨタイムズ
(「トヨタイムズ」から)

 1950年の労働争議当時の労働組合は、トヨタだけではなくほとんどの大企業の労働組合は会社の解雇(首切り)にはストライキでたたかいました。トヨタの労働組合も会社側の1600人の希望退職募集に反対してストライキに突入しました。

 しかし、朝鮮戦争を前にしていたアメリカ占領軍(GHQ)の介入によって争議は中止させられ、退職者は労働者の4分の1の2146人に及びました。残った労働者は5994人でした。たたかう労働組合を嫌悪し、労働組合に介入したのが当時、豊田自動織機の社長だった石田元社長でした。

 このブログ「トヨタで生きる」(2012/09/03アップ)では、トヨタ産業技術記念館で販売していた、漫画『豊田喜一郎』に、石田元社長が労組幹部を料亭に呼び出し、懐柔する場面が出てくることを紹介しました。

石田退三の懐柔

http://toyotaroudousya.blog.fc2.com/blog-entry-767.html

 労働争議から「労使宣言」の締結まで12年かかったということは、それだけ労働組合・労働者の抵抗が大きかったということです。「労使宣言」路線で、労使は「共通の基盤」をつくり、トヨタと労働組合は“クルマの両輪”として走ってきたはずです。

 しかし、その結果が7年ぶりのベアゼロ。「労使宣言」の「3つの誓い」では、「生産性の向上を通じ企業の繁栄と、労働条件の維持改善をはかる」と労使で約束したはずです。

 2兆5000億円もの利益を上げるトヨタは「繁栄」を謳歌していますが、労働者はベアゼロ。「労働条件の維持改善」は、どこへ行ったのでしょうか?

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20春闘 | 2020/03/13 21:38