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◎無責任国家・日本 最悪の原発事故でも「責任なし」とは

 東京電力福島第1原発事故(2011年3月11日)で、業務上過失致死傷罪で強制起訴された元会長の勝俣恒久(79)、元副社長の武黒一郎(73)、同・武藤栄(69)の3被告の判決が9月19日、東京地裁(永渕健一裁判長)であり、永渕裁判長は3人を「無罪」としました。

 このニュースを速報で聞いたとき、日本は無責任国家になったとしか思えませんでした。チェルノブイリ原発事故と並ぶレベル7の最悪の原発事故を起こした福島第一原発事故。事故から8年余たっても4000人以上が避難を余儀なくされています。

 それなのに、司法は大企業の幹部に何の責任も問いませんでした。107人の死者が出たJR福知山線脱線事故事故(2010年4月)でも、歴代3社長に司法は、責任を問いませんでした。

 森友問題で、公文書を改ざんした財務省の佐川宣寿・元同省理財局長を大阪地検特捜部は起訴をしませんでした。麻生太郎財務相にとどまらず、安倍晋三首相と昭恵夫人も官僚たちに忖度されて、何の責任も取りませんでした。

 こんな国が世界にあるのか? 日本はいつから無責任国家になったのか?

赤旗 福島第一原発
(東京電力福島第1原発=汚染水を入れるタンクで埋まっています)

 永渕裁判長は、判決の結論で、原発は「絶対的安全性の確保までを前提にしていなかった」などとのべています。そんなはずは絶対にない。原発は、他の何よりも「絶対的安全性の確保」をしなければ、その過酷事故がいったん起きたならば取り返しができなくなるのだ!

 原発のイロハを裁判所は、まったくわかっていない! 検察官役の指定弁護士は記者会見で「国の原子力行政を忖度した判決だ」と批判しましたが、その通りです。

 裁判で指定弁護士は、防潮堤の設置や建物浸水を防ぐなどの津波対策をすべきだったと被告らの責任を追及しました。ところが判決は、これらの対策をまともに検討せずに、事故を回避するには2011年3月初旬までに「運転停止措置を講じることに尽きる」と断定しました。

 そして、運転停止は「相当に困難なものだった」などと東電幹部をかばうような一方的な判断までしました。

 指定弁護士が予見可能性の根拠とした02年に政府機関が公表した地震予測「長期評価」の信頼性についても判決は、「疑いが残る」などと否定しました。

 「長期評価」は、東北沖でマグニチュード8・2級の津波を伴う地震が来る可能性を示したもので、東電子会社は08年3月、これに基づき「最大15・7㍍」の津波が来ると予測。これは3人の被告にも伝わっていました。

 勝俣元会長は裁判で、「最大15・7㍍」の津波の予測について、「試算値でしょ」と一蹴。一貫して無罪を主張しました。こんな人物が原発を持つ電力会社のトップだったのか!

 今から5年前の2014年5月21日、福井地裁の樋口英明裁判長は、住民の訴えを認めて、関西電力大飯原発(福井県おおい町)の再稼働差し止めを認めました。その判決は、格調高いものでした。判決を再掲載します。

……
 ひとたび深刻な事故が起これば多くの人の生命、身体やその生活基盤に重大な被害を及ぼす事業に関わる組織には、その被害の大きさ、程度に応じた安全性と高度の信頼性が求められて然るべきである。

 このことは、当然の社会的要請であるとともに、生存を基礎とする人格権が公法、私法を間わず、すべての法分野において、最高の価値を持つとされている以上、本件訴訟においてもよって立つべき解釈上の指針である。

 個人の生命、身体、精神及び生活に関する利益は、各人の人格に本質的なものであって、その総体が人格権であるということができる。人格権は憲法上の権利であり(13条、25条)、また人の生命を基礎とするものであるがゆえに、我が国の法制下においてはこれを超える価値を他に見出すことはできない。

 したがって、この人格権とりわけ生命を守り生活を維持するという人格権の根幹部分に対する具体的侵害のおそれがあるときは、人格権そのものに基づいて侵害行為の差止めを請求できることになる。

 人格権は各個人に由来するものであるが、その侵害形態が多数人の人格権を同時に侵害する性質を有するとき、その差止めの要請が強く働くのは理の当然である。

関電前行動 2014年5月
(関西電力東海支社=名古屋市東区=前での2014年5月23日の金曜日行動から)

 他方、被告は本件原発の稼動が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、当裁判所は、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことであると考えている。

 このコストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている。
……
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原発ゼロへ | コメント(1) | トラックバック(0) | 2019/09/21 16:50
コメント
まず無責任という言葉がこの無責任ブログからでるとは驚きです
又、災害・事故の大きさでまさか森友が同列で扱われるとは疑問?というか被災者に謝れと思いました

本文に戻り、ならば経営者にはどのような判決が妥当なのでしょう

そしていつも感じるのは何故?第3者的な観点での責任追求なのか

原発の存在や8年避難している~中で
共産党は何をしているのか?

結束は2019年の政党ですか?

自分達はまるで関係ないと
結果が出せないなら詐欺師と同じ
それこそ無責任政党ではないか

宇宙で戦争コメントにもある
国民の安全をどう守るってのよ

話し合いとかですかね🤭

無責任に言うだけだから何とでも言える

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