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◎倉本聰の“遺言” 『やすらぎの刻 ~道~』 (中)

 テレビ朝日が放送している倉本聰脚本のドラマ『やすらぎの刻 ~道~』。ドラマのもう1つの頂点が2つの徴兵拒否のシーンだ。徴兵拒否は、戦前の軍国主義の日本では重罪だった。

 日本では、1873年(明治6年)に徴兵制が導入された。ドラマにあるように、徴兵検査で不合格になるよう大量の醤油を直前に飲み高血圧を装うなどした。

 1つめの徴兵拒否は、叔父の鉄平だ。山の中で猟と炭焼きをしながら一人暮らしの鉄平に赤紙(召集令状)が来る。鉄平は破いて捨てた後、絶対に見つからないと言って山奥へ逃走する。根来家は大騒ぎになる。軍隊も投入されて山狩りになるが、洋として鉄平は見つからない…。

 2つめの徴兵拒否は、三男の三平だ。絵を描くことが大好きで、将来を夢見ている。その三平に赤紙が。三平は、“しの”と恋仲になるが、なぎなたを使い、戦争に協力すべきと主張するしのは、看護師を志して姿を消す。

12 やすらぎ 三平1

12 やすらぎ 三平2


 しのに会いに行った三平は、家に帰ると雪が積もった屋根の上で薬を飲んで自殺する。根来家は大慌てで、雪下ろしの途中、屋根から落ちて亡くなったと偽装する。

 兄弟たちは、木を伐採し、井桁を組んで荼毘に付す。三平の遺体は、山の中で赤々と燃える炎に包まれる。号泣する姉妹たち。言葉にならないほどのシーンだ。

 家に戻ったしのは、兄たちに告白する。お腹の中に赤ちゃんがいる、と。ひっくり返る長兄の公一や公平。「だれの子だ!」と問い詰める公一。思いがけない名前を告げるしの…。

 『やすらぎの刻 ~道~』は、軍国主義の中で言論の自由など民主主義のひとかけらもなく、徴兵を拒否することもできなかった暗黒の時代を、倉本聰は容赦なく描く。74年前の日本は、こんな国だったということを執拗に書き綴る。

 倉本聰が、現在の日本に残す“遺言”とも言うべきドラマだと痛切に思う。

                       ◇

 この記事は、9月4日にアップする予定でしたが、都合により2日にアップしました。
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未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2019/09/02 09:33
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