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◎「沖縄 18末」⑤ 人頭税の宮古島(下)

 宮古島で、ホテルへ帰る途中、道路沿いに人頭税石(じんとうぜいせき)を見つけた。宮古島市役所の近くの平良字荷川取にある。見過ごしてしまうような場所だった。高さ143cmほどの石だった。この石よりも身長が高いと、課税されるという。

 戦国時代も終わった江戸時代はじめの1609年、薩摩藩は琉球王国を支配し、重税を強いた。困窮した琉球王国は、宮古島など先島諸島へ人頭税を課したという。

 大正時代に宮古島を訪れた民俗学者の柳田国男が著書で紹介し、人頭税の存在が広く知られるようになったといわれる。人頭税の研究は、まだ諸説がある段階だという。

人頭税石
(人頭税石)

人頭税石の説明

 宮古島を含む沖縄は、明治に入ると約400年の薩摩藩の支配から、日本への支配へと変わる――いわゆる「琉球処分」だ。戦後も、1972年までの27年間、アメリカ占領軍によって支配された。

 現在も、日本のアメリカ軍基地の74%が沖縄に集中している。その上に、名護市辺野古に、安倍政権は米軍の新基地を造ることを強行している。2本の滑走路と強襲揚陸艦が停泊できる岸壁などを備え、耐用年数200年の近代的基地だ。

 平成天皇が12月の誕生に語った言葉を再度、引用したい。

「沖縄は、先の大戦を含め実に長い苦難の歴史をたどってきました。皇太子時代を含め、私は皇后と共に11回訪問を重ね、その歴史や文化を理解するよう努めてきました。沖縄の人々が耐え続けた犠牲に心を寄せていくとの私どもの思いは、これからも変わることはありません」

 沖縄の「長い苦難の歴史」に、「心を寄せていく」ことは、日本人としては当然ではないだろうか。沖縄の人々は、「ヤマトンチュー」(日本本土の人々)、「ウチナンチュー」(沖縄の人々)と区別して語る時がある。

 沖縄の「長い苦難の歴史」を、「ヤマトンチュー」にはわからないだろう、という意味が込められている。沖縄知事選で、新基地ノーを2度にわたって突き付けて沖縄の人々。それに連帯することが、「長い苦難の歴史」に心を寄せ、それを終わらせることにつながるのではないだろうか…。

宮古島への橋
(宮古島と周辺の島を結ぶ橋)

 人頭税の石を見ながら、こんなことを考えた。しかも現在は、身長にかかわりなく、金持ちも貧しい人も、すべての人が買い物をすれば税金が取られる消費税がある。しかも、安倍政権は今年10月からは8%から10%に増税しようとしている。

 宮古島を回りながら、新基地の建設を許さず、逆進性が強い消費税の増税を、安倍政権にきっぱりやめさせなければならない、と強く思った。

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沖縄 | コメント(1) | トラックバック(0) | 2019/01/07 14:36
コメント
新基地かそうでないかは共産党の「俺が決めたのが新基地だ」「俺が法律だ憲法だ」と言う匙加減次第。


玉城デニー知事、翁長県政を継承 軍港の移設容認 県議会代表質問始まる
2018年10月19日 12:41
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/332122
那覇軍港の浦添への移設には「那覇港湾施設の返還が実現されれば、基地負担の軽減、跡地利用による県の発展につながる」と説明し、これまでの経緯を踏まえ、浦添への移設を容認する見解を示した。


http://www.city.urasoe.lg.jp/docs/2016021800077/
市長 ありがとうございます。まだまだ浦添市民の中には『翁長県知事が浦添市に軍港をもってくるということは信じられない』とおっしゃる方も多いものですから、もう一度確認させていただきたいんですけど、今の文言のとおり『軍港の浦添移設は確実に推進をしていく』という県の立場でよろしいでしょうか。

公室長 はい。これにつきましては議会でも度々答弁しておりますけれども、現在、移設協議会が設けられております。その移設協議会の枠組みの中で話し合いながら、これまでの経緯を踏まえつつ協議していくということで確実な実施がなされる必要があるという方針に変わりはございません。

市長 了解いたしました。それでは浦添の海を埋め立てる新しい基地の建設に関して、沖縄県、そして良い機会ですので那覇市さんもそのような形で進めていくということでよろしいでしょうか。再度確認させてください。

公室長 すみません、那覇港湾の移設に伴って出来る埋立地につきましては、松本市長のお話しのような『新しい基地』という言い方はしてございませんので、念のためそれだけは確認していただきたいと思います。で、それにつきましては那覇市さんと沖縄県、浦添市さん、那覇港管理組合、一緒になって移設協議会で協議していくということに合意しておりまして、昨日も幹事会がおそらく開催されていたと記憶しております。

市長 では、浦添の沖を埋め立てて造る、そして、嘉手納の南にある基地が全部返還される中で一つだけ残る、浦添沖への那覇軍港の移設先については、これは『新基地ではない』というような県のお立場であるということでよろしいでしょうか。

公室長 『新基地』という表現はしたことございません。

県知事 この問題は平成13年に当時の浦添市長が『受け入れる』ということで、那覇港湾管理組合というのも出来てきたわけです。その中で今言う『新基地』という問題からしますと、当時の浦添市長の話は『那覇港湾内での移転である』と。『整備と育成の範囲である』と。その中で浦添ふ頭、あるいは西海岸の発展、それから将来の固定資産税の収入。こういうところから考えると、これはいわゆる整理・整頓の範囲内であるということが当時の浦添市の話でありました。

市長 では、そういった経緯も踏まえたうえで、翁長県知事および沖縄県としては、浦添に今後建設される基地は新建設ではないというお立場、ということですね。

県知事 そうですね。ですから、この那覇軍港の問題は平成13年からの経緯がありますので、それこそ移設に関する協議会、浦添市さんも那覇市さんも県も防衛省も入って、その中で議論を進めていくことになるだろうということで、今、私どもはそのように一応させてもらっているわけです

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