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◎被爆国の首相なのか

 オバマ米大統領が初めて米大統領として広島市の平和記念公園を訪れた5月27日。寄り添うように安倍首相がいました。今度こそ核廃絶をと願う被爆者や日本国民。その願いを安倍首相は裏切りました。

 安倍首相は8月20日、リオデジャネイロ・オリンピックの閉会式に向かう羽田空港で、記者団に質問に答えました。オバマ大統領が検討している核兵器の先制不使用政策について、「抑止力を弱める」として反対する意向を、ハリス米太平洋軍司令官に伝えたとする米紙報道について、「アメリカの核の先制不使用についてのやりとりは全くなかった」などと否定しました。

 ワシントン・ポスト紙が15日報道し、日本のメディアが16~17日にいっせいに伝えました。こんな重大なことを、記者団に問われて数日後に否定するという理解しがたい態度です。

 外務省高官も、「米国の抑止力は弱体化する」とのべており、安倍政権が核兵器の先制不使用政策に懸念を持っていることには変わりありません。日米安保条約で、アメリカの“核の傘”の元にいることを当然視する姿勢では、核廃絶のイニシアチブを取ることはできないでしょう。

 それを明確に示したのが、スイス・ジュネーブの国連欧州本部で開かれていた核軍備の縮小・撤廃に向けた多国間交渉の前進を図る国連作業部会です。最終会合の19日、国連総会に対し、核兵器禁止条約の交渉を2017年に開始するよう「幅広い支持をもって勧告した」との報告を、賛成多数で採択しました。

 ところが日本は、棄権したのです。賛成はメキシコなど68カ国、反対は米、露、英、仏、中をふくむ核保有国など22カ国、棄権は日本など13カ国でした。日本が棄権するのは、アメリカに配慮した段階的な核軍縮という立場からです。

 これが唯一の被爆国の姿勢でしょうか? 広島でオバマ大統領に寄り添っても、ポーズだけだったといわれてもしかたないでしょう。なぜ、被爆者の願いにこたえて日本が核兵器廃絶のイニシアチブをとれないのでしょうか? 情けなくなります。

平和行進・豊田
(豊田市での平和大行進=6月2日)

 地球上にある約1万6400発の核兵器。核兵器の廃絶をめざす2016平和大行進が、5月6日に東京・夢の島を出発した後、6月2日に豊田市に入り、広島に向かいました。

 広島で開かれた原水爆禁止世界大会では、「被爆者が訴える核兵器廃絶国際署名」(ヒバクシャ国際署名)に取り組むことを決めました。日本被団協が今年3月に呼びかけたものです。

 署名用紙に添えられた「被爆者の訴え」では、「核兵器は、地球を死の星にする悪魔の兵器です」「あなたの署名が、核兵器廃絶を求める何億という世界の世論となって、国際政治を動かし、命輝く青い地球を未来に残すと確信します」と呼びかけています。

 国際署名の提出先は毎年の国連総会です。次回の核不拡散条約(NPT)再検討会議が開かれる2020年8月までに、世界数億人を目標にしています。2020年8月といえば東京オリンピックが開かれる時です。核廃絶に向けて、草の根からの運動を強めましょう。
戦争と平和 | コメント(1) | トラックバック(0) | 2016/08/21 11:28

◎押し付け憲法論は成り立たない 「9条は幣原首相提案」

 安倍首相ら改憲勢力が、憲法9条の改悪をめざすのは、アメリカ占領軍(GHQ)から押し付けられたというのが最大のいい分です。ところが9条は幣原喜重郎(当時)だったことが新たな資料で明らかになりました。

 堀尾輝久・東大名誉教授が新たな資料を見つけたもので、「しんぶん赤旗」や東京新聞が報道しています。堀尾氏は、国会図書館所蔵の憲法調査会関係資料を探し、今年1月、英文の書簡と調査会による和訳を見つけました。

 書簡は、1957年に改憲の議論を始めた憲法調査会の高柳賢三会長の質問に対し、GHQの最高司令官だったマッカーサーが回答したものです。58年12月15日付で、「戦争を禁止する条項を憲法に入れるようにという提案は、幣原首相が行ったのです」と明記していました。

赤旗 マッカーサー手紙
(9条の提案は、幣原首相が行ったものというマッカーサー司令官の手紙の訳=「しんぶん赤旗」、8月19日付から)

 マッカーサーは、「提案に驚きましたが、首相にわたくしも心から賛成であると言うと、首相は、明らかに安どの表情を示され、わたくしを感動させました」とのべています。

 マッカーサーは、これに先立つ12月5日付の書簡で、「(9条は)世界に対して精神的な指導力を与えようと意図したものであります。本条は、幣原首相の先見の明と経国の才志と英知の記念塔として、朽ちることなく立ち続けることでありましょう」(堀尾氏訳)とたたえています。

 幣原首相(1872~1951年)は、外相を4回務め、国際協調、軍縮路線を主張したとされます。終戦後の45年10月から首相となり、現憲法の制定にかかわりました。

 9条は、日本をほろぼすことになった戦前のアジア・太平洋戦争の痛苦の反省が土台になっています。自由民権運動以来の反戦・平和の思想が脈々と国民のなかにあり、これに命をかけて侵略戦争反対をかかげた日本共産党の不屈のたたかいがありました。

 さらに、フランス革命やアメリカ独立戦争など、近代の自由と民主主義の確立、日独伊との反ファシズムとのたたかいなどが大きく合流し、外相経験者だった幣原首相に大きな影響を与えたのではないでしょうか。

 実際、幣原首相は1946年3月27日、自身の内閣がつくった「戦争調査会」の開会あいさつで、「世界は早晩、戦争の惨禍に目を覚まし、結局私どもと同じ(戦争放棄の)旗を翳(えい)して、遥(はる)か後方から付いてくる時代が現れるでありましょう」とのべています。

2015豊田戦争展
(日の丸の旗のもとに、侵略戦争に駆り立てられていった戦前。2015年の豊田市戦争展の展示から)

 明治維新から終戦までの78年間は、戦争に次ぐ戦争の時代でした。アジア・太平洋戦争では、日本で320万人以上が、アジア・太平洋では2000万人以上が犠牲になりました。

 戦後71年、9条のもとで日本はだれ1人、戦争で殺し、殺されることはありませんでした。幣原首相と9条の先駆性を雄弁に物語っています。

 これを、「GHQの押し付け」といって、憲法違反の集団的自衛権の行使を盛り込んだ安保法制(戦争法)につづいて、憲法9条の明文改憲をねらい、「国防軍」などをつくろうという安倍政権のたくらみは、幣原首相や国民の願いを踏み潰すものでしょう。

戦争と平和 | コメント(8) | トラックバック(0) | 2016/08/20 10:32

◎続続続 あまりにもひどい 政治家の“美学”、検察の判断

 安倍首相の盟友といわれる自民党の甘利明・前経済再生相(衆院議員)の口利き疑惑。検察は8月16日、市民が入った検察審査会が元秘書2人について「不起訴不当」と議決し、再捜査を求めていたが、ふたたび不起訴にした。甘利氏の不起訴も決まっており、捜査は終結した。

甘利事務所は、「不起訴に安堵した」とのコメントを出した。甘利氏や元秘書だけでなく、捜査をした検察もあまりにもひどいではないか。甘利氏本人も、建設会社から2回にわたって50万円ずつ受け取っていたことを認め、元公設秘書は500万円もらっていた。

 それでも不起訴である。この国に正義はあるのか? どうなっているのだ、この国は。こうした前例をつくれば、「甘利さんも秘書も無罪になった。これからは、いくらでもできる」と大臣や国会議員などが大手を振って動くことができるだろう。

12 甘利氏 HP
(口利き疑惑の報道以来、甘利明氏のホームページはほとんど更新されていません)

 検察審査会の議決は、元秘書がアポイントも取らずに都市再生機構(UR)を訪問し、補償交渉への対応を確認した経緯について指摘した。「有力な国務大臣の秘書で、URの判断に影響を与えうると判断しているからだ」と強調した。UR側が応対したのも、「不利益を受ける恐れがあると判断した」とのべ、再捜査を求めていた。

 ところが検察は、「総合的に判断」して、ふたたび不起訴にした。市民らが求めたのに、こんな判断では検察がいかに政治家に甘いかを示した。国民のだれもがやりきれないだろう。

 週刊「文春」が1月に報道すると、甘利氏は経済再生相を辞任(1月28日)した。説明責任を果たすといいながら、2月15日付で「睡眠障害」の診断書を国会に提出してから3カ月以上国会に出席しなかった。

甘利氏 構図
(甘利明氏の金銭授受構図=日経新聞、5月31日付から)

 参院選が終わった後の臨時国会に、「睡眠障害」が治ったとして出席し、安倍首相と談笑する写真が新聞に掲載された。辞任記者会見では、「秘書に責任転嫁することはできない。それは政治家としての美学、生きざまに反する」などとのべ、“矜持”という言葉まで使った。

 病気が治ったのであれば、黙して語らずでは済まない。約束していた調査結果を明らかにするために、国会で質問に答えたり、記者会見して、名前の通り真実を明らかにすべきだ。それが、自ら語った政治家の“美学”、“矜持”のはずだ。
安倍政権 | コメント(1) | トラックバック(0) | 2016/08/19 10:01

◎伊方原発再稼働 事故で逃げられるのか?

 最近、車で走っていると、あちこちに太陽光パネルが設置してあるのが目立つようになりました。工場の屋上、住宅の屋根、耕作していない農地…2011年の東日本大震災の福島第一原発事故から、再生可能なエネルギーへの転換がひしひしと感じられるようになりました。

 ところが、8月12日に再稼働していた四国電力・伊方原子力発電所3号機(愛媛県伊方町、出力89万キロ・ワット)は15日には、発電と送電を始めました。

 九州電力・川内原発1、2号機(鹿児島県)、関西電力・高浜原発3、4号機に続いての再稼働です。もっとも高浜原発は、住民の訴えを裁判所が認め、稼働は差し止められています。

太陽光パネル
(太陽光パネル)

 伊方原発は、定期検査で2011年4月に停止して以来、約4年7カ月ぶりの再稼働です。今年の夏も猛暑が続いていますが、日本全国、どこも電力不足には陥っていません。原発がなくても暮らしていけることは、福島第一原発事故からの5年5カ月が証明しています。

 福島第一原発事故で、いまなお9万人余りが避難生活を余儀なくされているのに、再稼働をすすめる安倍政権と電力会社は、福島県民の気持ちを逆なでするものです。

 伊方原発の場所を地図で見ると、直線的に突き出した約40㎞もある佐田岬半島の付け根にあります。こんな細長い半島は、日本のなかでは特異です。再稼働にあたって住民からは、事故の時、逃げられるか? という不安が出ているのは当然です。

40 佐田岬
(細長い佐田岬半島。伊方と書いた下に原発の印があります=帝国書院地図から)

 佐田半島には約5000人の住民が住んでいます。先月、地元の愛媛新聞が行った県民世論調査では、伊方原発の再稼働に否定的な回答が54%と過半数を占めました。同紙は12日付社説で「不安な見切り発車 容認できない」と批判しています。

 事故時に海路での避難先が想定されている大分県の地元紙の大分合同新聞は、「伊方原発は大分県民に不安を与えるだけの存在」として、再稼働は「到底許せない」と批判しています。

 福島第一原発事故を契機に、ドイツのメルケル政権は、原発を2022年までに全廃する政治決断をしました。再生可能エネルギーへの転換が着々とすすんでおり、25年までに40~45%に、35年には55~60%にまで高めるとしています。

 日本でも、東京電力・柏崎刈羽原発をかかえる新潟県の泉田裕彦知事は、「福島原発事故の検証なしに再稼働の議論はしない」と主張する知事がいます。事故から何も学ばず、着々と再稼働をすすめる安倍政権は異常です。
原発ゼロへ | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/08/18 11:46

◎シールズから「私たちが受け継ぐ7つの成果」 学者の会

 安倍政権の違憲の安保法制(戦争法)とたたかったシールズが8月15日に解散しましたが、「学者の会」が「私たちが受け継ぐSEALDsの7つの成果」を発表しました。

 「学者の会」は、大学ではシールズの教師という立場ですが、いっしょに運動してきた仲間でもあります。学者の目から、シールズがどんなに豊かな運動をしてきたかをまとめ、それを引き継ごうという思いと決意が伝わってきます。7つの項目は――。

(1) 主権者としての「市民」の政治参加を活性化し、民主主義を刷新した
(2) 相互にリスペクトしあう個人の連帯が、立憲主義そのものを体現した
(3) 長らく守勢に立たされつづけてきた平和主義が、力強く息を吹き返した
(4) 市民と野党との応答関係を築き、参議院選挙において野党共闘を実現した
(5) 市民の後押しする野党共闘ならば、小選挙区でも勝負になることを明らかにした
(6) 東京だけでなく全国各地において、学生と学者らの協同に端緒をつけた
(7) 立憲民主主義を守るだけでなく、発展させる指針を示した

20151209 野党と市民連合
(野党=左側=と「学者の会」やシールズなどの団体との意見交換会=2015年12月9日)

(1) の「主権者としての『市民』の政治参加を活性化し、民主主義を刷新した」では、次のように指摘しています。

……
 SEALDsは「主権者運動」としての市民の政治参加を活性化しました。「言うこと聞かせる番だ、俺たちが」「選挙へ行こうよ」など主権者意識に根ざしたコールのなか、抗議行動から選挙への取り組みへと直結する新しい市民運動のうねりがつくられました。それはまさに民主主義の刷新そのものでした。
……

 さすが学者です。フィールドワークと理論化で、受け継ぐべきものを明確にしています。

 「学者の会」が呼びかけた「『戦争する国』へすすむ安全保障関連法案に反対します」には、これまでに1万4297人の学者・研究者が賛同しています。「会」の発起人は、廣渡清吾・専修大学教授法・日本学術会議前会長や益川敏英・京都大学名誉教授・ノーベル賞受賞者ら7人です。

 全文は、「会」のホームページで読むことができます。
http://anti-security-related-bill.jp/ann.html#ap
戦争と平和 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/08/17 19:39

◎時代を変えた シールズが解散

 シールズ(自由と民主主義のための学生緊急行動)が71年目の終戦の日の8月15日、解散しました。昨年5月3日の結成から1年2カ月余り。安倍政権が強行した安保法制(戦争法)のたたかいで、新鮮で圧倒的な存在でした。

 解散にあたって動画「TO BE」をネットで公開しました。メンバーの1人の牛田悦正さんが、ラップでメッセージを伝えました。
http://sealdspost.com/tobe/

……
 ♪祈る8・15
 千鳥ヶ淵で手を合わせる
 眩い黒い闇の中で想う
 この土地の先人たちの死
……

 安倍首相は、侵略戦争をたたる靖国神社へ玉串料を納めました。もう1つ、国立の戦没者墓苑があるのが千鳥ケ淵です。

……
 71もの月日に耐えた価値
 墓標に刻まれた非戦の二文字は
 紛争地 丸腰で闊歩する
 現代の侍を生んだんだ
 名はArticle9
……

 戦争を放棄した憲法9条(Article9)は、71年の月日に耐えた価値があるとたたえます。その上で、「we don't want ABEの改憲」と主張、「終わってる? なら 始めるだけ Once Again」と語ります。

 そして、「先人のように 背筋伸ばし 前方を見つめる」と歌います。

100 シールズ
(シールズの国会前行動=2015年9月4日)

 私は、安保法制の参院での審議が緊張していた昨年9月4日、国会前でのシールズの行動を目の当りにしました。次々と持ち込まれるハンドマイク。メンバーの奥田愛基さんら学生たちが、「戦争法廃案!」などとコールしているさまを見て、「彼らは時代を変えている」と感動しました。

 55年前の1960年の安保反対闘争。安倍首相の祖父の岸信介・元首相が日米安保条約を強行しようとした際、一部の学生たちはゲバ棒を持ち、国会へ突入しました。そして、安保条約成立、感傷的に語られる“挫折”-。

 シールズは、正反対でした。暴力を否定し、文字通り、「民主主義って何だ?」「これだ」とコールしたように。体から湧き上がる民主主義で、集会、デモ、主張、プラカードなどの風景を変えました。

 昨年9月19日の参院での自民、公明の強行採決にも挫折しませんでした。それどころか、コールしていた「野党共闘」の実現のために、学者の会やママの会など新たな市民運動とともに野党の背中を押したのです。

70 シールズ
(シールズの国会前行動=2015年9月4日)

 そして参院選。32ある1人区すべてで、野党統一候補が実現するという戦後日本の政治史上、初めての事態が生まれました。そのうち11選挙区で勝利。安倍首相は側近たちに、「『勝ってなんかいないからな』と吐き捨てるように語った」と報じられました。

 学生たちが学ぶのは4年間です。解散はやむをえないでしょう。しかし、彼らは、これからも、「先人のように 背筋伸ばし 前方を見つめる」でしょう!
戦争と平和 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2016/08/16 10:38

◎人肉を食べた軍隊

 作家、大岡昇平の『野火』は、戦争文学にとどまらず、戦後文学の金字塔だといわれる。終戦が迫った1944年11月、フィリッピンのレイテ島で、結核になった田村一等兵は、わずか6本の芋を渡されて野火が燃える原野をさまよう。

 もうろうとした飢えのなかで、自分の血を吸ったヒルまで食べる。ころがっていた日本兵の死体の臀部の肉がないことに気付く。ある一等兵に、「ニューギニアで人間を喰ったって、ほんとですか」と聞く。一等兵は、「まさか、ってことにしておこう…」と答える。

 剣も拳銃も持っていなかった将校に、おびただしい蠅がたかっていた。彼は手で蠅を払いながら、「天皇陛下様。大日本帝国様。何とぞ、家へ帰らして下さいませ。飛行機様。迎えに来い」と頭を地面につけておじぎする。

 田村は、死体をおおったヒルを除けながら、右手で剣を抜いた。
 「私は誰も見ていないことを、もう一度確かめた。その時変なことが起った。剣を持った私の右の手首を、左の手が握ったのである」

12 野火 ビラ
(映画「野火」のビラ)

 戦後70年の昨年、塚本晋也主演・監督の映画「野火」が公開された。映像の迫力はすさまじかった。弾丸が撃ち込まれた兵隊が吹っ飛ぶ、もぎ取られた片腕が転がり落ちる、死体に蛆虫…。

 狂気の戦場を描き尽くし、正視に耐えない。戦場の飢餓感に吐き気が襲う。精神がおかしくなりそうだった。精神を安定させるために静かなカフェに入った。そして思った。「戦争映画は、ここまでリアルに描いてこそ本物だろう。たんなる弾の射ち合いだけでは、真実に迫れない」。

 歴史学者で一橋大学の故・藤原彰教授の著作に『餓死した英霊たち』がある。アジア・太平洋戦争で軍人・軍属は約230万人が亡くなったが、栄養失調による餓死者など広義の餓死者数を140万人と推定している。何と、約6割が餓死していることになる。

30 餓死者 割合
(「餓死(戦病死)した兵士の地域別割合」=「しんぶん赤旗」日曜版、8月14日号から)

 補給を無視し、戦線を中国からアジア、太平洋諸島へと拡大していった侵略戦争の実態と無謀さを示すものだ。

 「しんぶん赤旗」日曜版(8月14日号)が、『餓死した英霊たち』を基にして地図「餓死(戦病死)した兵士の地域別割合」を作成している。フィリピン80%、東部ニューギニア90%…。

戦争と平和 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2016/08/15 09:32

◎戦後71年 DVDで「母と暮らせば」を見た

 今日は8月14日。トヨタ自動車の本社工場など豊田市に、核模擬爆弾3発が米軍によって落されて71年目になります。長崎に落された原爆と同型の核模擬爆弾です。明日15日は、戦後71年目の終戦の日です。

 DVDで、山田洋二監督の「母と暮らせば」を見ました。長崎の原爆で亡くなった医学生・浩二(二宮和也)が、母親で助産婦の伸子(吉永小百合)の前に、幽霊になって現れるファンタジーです。浩二の恋人だった町子(黒木華)は、たまたま腹痛で軍事工場を休んで死をまぬがれました。

 浩二が亡くなって3年。小学校の教師となった町子は、伸子の家に通い続けます。けなげな町子を見て、伸子や浩二は、浩二のことを忘れて結婚することをすすめます。ある日、町子は片足が戦争で不自由になった男性を連れてきます…。

 山田監督は、米軍のヤミ商品を叔父から入手する伸子の日常生活など、戦後の混乱を丹念に描きながら、原爆を投下された長崎の人々の暮らしを見つめます。この作品の原案は、作家の故・井上ひさしさん。広島を舞台にした戯曲「父と暮らせば」の作品がありますが、長崎を舞台にした作品を構想しながら果たせませんでした。

 山田監督は、井上さんの意思を引き継いで、戦後70年の昨年12月に、この映画を劇場公開したものです。終戦の年の1945年3月生まれの吉永さんは、広島や長崎、福島でつくられた詩を朗読していることでも知られています。

 山田監督と組んだ「母と暮らせば」は、熱演した吉永さんの代表作となるでしょう。71歳とは思えない若々しさです。戦後80年、90年、100年とDVDで上映される作品になるでしょう。

70 母と暮らせば


 先日、女優の大竹しのぶさんのエッセイ『まあいいか』を読みました。このなかの1篇に、「8月、蝉の声に想うこと」があります。井上ひさしさんが亡くなる前におっしゃった言葉を思い出す、と書いています。

 「僕は病気で死ねるから幸せなんですよ。ただ訳もわからず、戦争で亡くなってしまった人たちのことを考えたら」

 畳の上やベッドの上で、普通に病気で亡くなることができるようになった戦後71年。原爆の閃光で一瞬のうちに、訳も分からずなくなった浩二の悲しみとそれを背負った母親・伸子のことを静かに考えさせる作品でした。
戦争と平和 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/08/14 08:47

◎安保法制=戦争法 8割が理解進まず

 毎月、豊田駅前をはじめ全国各地で行われている「19日行動」「3日行動」。いずれも、安倍政権が昨年9月19日に参院で強行採決した安保法制=戦争法の廃止などを求める行動です。

 「3日行動」は、作家の沢地久枝さんが呼びかけている「アベ政治許さない」の紙のボードをかかげて訴えています。こうした草の根の運動などが大きな力を発揮していることを実感したのがメディアに記事を配信している時事通信の世論調査です。

 それによると、安全保障関連法(安保法制=戦争法)の内容について理解が進んだか尋ねたところ、「進んだとは思わない」と答えた人が76・0%に上り、「進んだと思う」との回答は9・0%にとどまりました。

 また、同法成立により、日本が海外の紛争に巻き込まれる危険が「高まったと思う」との回答は55・9%で、「高まったとは思わない」は27・1%でした。

20160419 豊田駅前
(豊田駅前での「19日行動」=今年4月19日)

20160803 豊田駅前
(豊田駅前での「3日行動」=今年8月3日)


 安倍政権が強行した安保法制=戦争法への怒りは、国民のなかに深く広がっています。調査は8月4日から7日間、全国の成年男女2000人を対象に実施し、有効回収率は64・3%でした。
戦争と平和 | コメント(1) | トラックバック(0) | 2016/08/13 10:16

◎領収書 金額は白紙! 稲田防衛相

 安倍首相から防衛相に任命された稲田朋美衆院議員。戦前の戦争を「侵略戦争」と認めませんが、政治資金パーティーをめぐり、白紙の領収書に自分たちで金額などを書き込んでいました。「しんぶん赤旗」日曜版(8月14日号)が不正な政治資金処理の実態を突き付けています。

 それによると、総務省の「手引き」では、「領収書等」は、「目的」「金額」「年月日」の3項目が記載していなければならないとしています。私たちが日常受け取る領収書も、その通りで、金額が白紙なんてありえません。ましてや、政治家の領収証です。

 ところが――。日曜版は、開示請求で稲田氏の政治資金管理団体・「ともみ組」の政治資金収支報告書を入手しました。そこに添付してある領収書の写し(2012~14年分)の中に金額、宛名、年月日が同じ筆跡の領収書が大量にありました。その数、何と3年間で計約260枚、約520万円!

12 稲田防衛相 白紙領収書


 自民党議員らの政治資金パーティーの会費を支払った証明として、稲田氏側が受け取ったものです。筆跡鑑定の専門家も「同一人物」が書いたと断定します。

 日曜版記者が稲田事務所に取材すると、「同僚議員の励ます会に祝儀袋を持っていくと、金額が入っていない白紙の領収書を渡される。金額は稲田事務所の事務担当者(会計責任者)が書き入れている。(実際に支払った金額と)間違った金額を書いているわけではない」とあっさり認めたといいます。

 日曜版がさらに取材していくと、稲田氏だけではなく、高市早苗総務相ら第3次安倍再改造内閣の閣僚10人もふくまれているといいます。政治資金は非課税です。国民・労働者は、所得税や消費税など重い税金で苦しんでいるのに、白紙の領収書を出しまくる自民党。許せないです。
未分類 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2016/08/12 08:59
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